お金目当てでITエンジニアに転職

本記事は起業編シリーズの第3回です。前回の記事「FPを学ぶきっかけになった出来事」もあわせてご覧ください。

はじめに

今回は、ITエンジニアに転職した経緯と、実際に働いてみてわかったことを書きます。

「ITエンジニアに憧れて転職した」という話ではありません。どちらかというと消去法で選んだ職種でしたが、結果として3年間で年収を約3倍にできました。その過程で感じたIT業界の実態と、上流工程に携わるようになった経緯を正直に書いていきます。

なぜITエンジニアを選んだのか

FPの勉強を進める中で、FP業務を本業にできないかと考えるようになりました。ただ、FP関連の職種への転職は収入が低く、割に合わないと判断しました。であれば、まず収入を上げられる仕事に就いて、FPの勉強は並行して続ければいい。その消去法で選んだのがITエンジニアです。

業務経験はありませんでしたが、PC歴は長く、DTP経験(請負)やサーバー構築(公開サーバー全般)、Linuxの知見に加え、自作PCを100台近く組んだ経験もありました。IPA関連の資格も2つ持っていました。業界は未経験でも、知識やスキルの基礎は整っていると思っての転職でした。

最初の現場で感じたIT業界の実態

2022年1月、最初の現場はデータセンターのL2スイッチ入れ替え工事班でした。業務は、工事があるときは、実機のケーブルを差し替える現場作業者と電話でやり取りとコマンド入力の確認作業を行う確認者と、コマンドを入力する作業者二人で一組で作業するものでした。工事は毎日あるものではなく、一週間に2回程度だったと思います。

工事がない日は、事務処理をするのですが、夜勤者はあまりやりたがらなかったので、2カ月を過ぎたあたりから事務処理の名前は僕だけで、あとは確認してもらうだけのお仕事でした。

IT業界で働いてみてすぐに幻想が崩れました。幻想というのはIT業界だから高学歴で、どんなに賢い子たちや人が働いているのだろうと思いましたが…工事のようなチームでは、ネットワークの基礎も知らない人が多かったです。またメンバーの中には、コマンドラインでの決まり事も理解していない人が複数いました。また業務中もスマホでゲームアプリをずっと操作している状態で、とても仕事をしているようには思えません。

一方で、以前に働いていた物流の現場では、高卒の若い人たちが体を動かして一生懸命働いていました。給与はどちらもさほど変わりません。また、物流や食品工場のような職場では「トイレに行くこと=さぼり」と認識される奴隷に近い扱いが普通です。現場によっては、喫煙所で座ることも許されないものもありました。それに比べIT業界は、ゲームし放題、ジュースにトイレも自由に行ける、この点で低賃金の職場とは雲梯の差でした。待遇は違えど、働いている人の質は物流や食品工場とIT業界で大差ないとうのが僕の見解です。唯一違うとすれば、PCやデジタル機器を使えるかどうかだけだと感じました。「IT=優秀・高収入」というイメージは、少なくともその現場では当てはまりませんでした。

捨て駒のポジションをチャンスに変えた

2022年10月、設計・運用・保守を担当する現場に移りました。プロパー社員と僕の2人だけで回す体制でした。このポジションに回ってきたのは、前任者が2ヶ月足らずでうつ状態になって離脱し急遽空いた席が僕に回ってきました。中年で業界経験もない、いわば捨て駒だったのだと思います。

ただ、僕はこれをチャンスだと思いました。

業界歴1年にも満たない状態で、各ベンダーから上がってくる設計書のレビューを一人称でこなし、設計書の作成にも携わりました。ベンダー選定から見積書依頼、監視フローの再構築および連絡体系の整備等々、いろんな経験をさせていただきました。通常であれば、業界未経験から1年弱でこういった上流工程に関わることはほぼありませんが、捨て駒としてつかんだチャンスだったのだと思います。おかげで、急速に経験を積むことができました。

中でも印象に残っているのは、障害対応の場面です。お客さんの環境で全社的な経路障害が発生し、切替がうまくいかないという事態が起きました。僕が原因を検証し、設定方法を考え、提案した内容が採用されました。その設定は現在も稼働しています。捨て駒として送り込まれた立場でも、結果を出せば評価される。それを実感した経験でした。

昇給交渉で20%アップを勝ち取った

この現場に移って1年半ほど経ったころ、昇給交渉をしました。ここぞという場面での交渉は、派遣やアルバイトを渡り歩いてきた経験で身についていたと思います。結果として20%の昇給を受けていただきました。

交渉のポイントは、感情ではなく実績で話すことです。自分がこの現場でどれだけの業務を担ってきたか、それに対して現在の報酬が見合っているかを、事実として淡々と伝えました。強気に出る必要はありませんが、根拠があれば遠慮する必要もありません。昇給交渉には、時間的優位性(契約切れ近い)、プロパー社員とうまくやれる人がなかなかいない(優位性)を強調しました。また、これと同時に無理な昇給交渉しているので、契約が終わっていいように、業務委託で他の現場でほぼ話が決まりかけ手での交渉なので、僕としてはどっちに転んでも良い状態でした。

どっちに転んでも良い交渉は、すべて想定内なので、交渉が優位に進みやすいようです。

監視業務で経験したずさんな職場

業務と並行して、転職活動をしていたのですが、4月以降での現場だから応募したのに、急遽入ってくれと言われ、夜勤ということもあり、ダブルワークできるなと思い2カ月だけ業務委託で監視業務を受けました。結果、業務委託契約書の不備やずさんな管理体制を理由に、1ヶ月だけに短縮してもらいました。昇給の交渉が通らなかったときの代替案として受けた仕事なのですが、代替案にはならないものでした。ただし、昼間の業務で、監視フローを作っていたので監視業務を始めて見学できてラッキーでした。

この職場は、国内通信最大手のグループ会社の本社ビルにある監視センターでしたが、内情はひどいものでした。退職済み社員の顔写真入りIDを別の人間が使い回している、私物のPCや機器の持ち込みが自由、求人票や契約書の内容に虚偽や誤りがある、といった状態でした。本社ビルでこのセキュリティ水準は、正直驚きました。

また、自称プロフェッショナルの人物が職場内でいじめを主導しているという環境でもありました。「こんな仕事は履歴書に書けない」と言いながら、その当人が率先して給与を稼ぎたい若手を差し置き、週末の夜勤を独占していました。

自称プロフェッショナル的な人物とは仲良くなるには時間がかかるのが経験則でわかっていますが、こんな人間とは関わり合いを持ちたくないと思いました。

うつで退職するまで

年収は最終的に600万円になりました。2021年の年収と比べると約3倍になっていました。ただ、この職場も2024年12月末に退職することになりました。

退職理由は、不眠が続き、精神科を受診したところ「うつ」と診断されました。理由は、不眠だけでなく、プロパー社員からの暴言も重なっていたのも原因かもしれません。SESの担当者に医師からの診断結果を提示し相談したところ、契約期間の途中でしたが即日退職を受け入れてもらえました。さらにSESが派遣先に抗議し、契約の残余期間分の給与も保証してもらえました。意外な対応で、良い会社で就業できたなと思いました。

ハローワークに行き人生初の失業給付の相談に受けました。そこでうれしい誤算がありました。

うつの診断があると失業給付が360日受けられます。その期間は働くことができないので、せっかく支給が受けれるのだから、この360日を「勉強にあてる時間」としました。通信教育の行政書士講座を申込、すぐに勉強を始めましたが、夏場ごろに息切れし、さらに生計の足しにと始めたデイトレの成績が思わしくなかったことを理由に途中で勉強をやめてしまいました。いつか行政書士を、また目指したいと思います。

まとめ

ITエンジニアとして3年間働いた経験で感じたのは、業界や肩書きよりも、個人がどう動くかで結果は大きく変わるということです。捨て駒のポジションでも、チャンスとして捉えれば未経験の業種でも昇給を実現できることを知りました。昇給交渉は、いかに自分の優位性をアピールできるかだということを知りました。あとタイミングも重要ですね。

次の記事では、年収が上がったことで感じた「累進課税の壁」と、個人事業主として節税を試みた経緯を書きます。

当記事は合同会社まんまる代表・まんまるの実体験をもとにした起業記録です。内容は執筆時点の情報に基づいており、個人の見解を含みます。

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