FPを学ぶきっかけになった出来事

本記事は起業編シリーズの第2回です。前回の記事「まんまるという人間について」もあわせてご覧ください。

はじめに

今回は、僕がFPを学ぶきっかけになった出来事を書きます。

少し重い内容になりますが、これが僕のお金に対する考え方の原点であり、起業の動機にもつながっています。包み隠さず書くと最初にお伝えしましたので、そのまま書きます。

祖母の遺産をめぐる出来事

僕は2歳のときに両親が離婚し、父に引き取られました。父は僕が小学2年生のころに株式会社を立ち上げ、業務が忙しかったこともあり、幼少期の多くは祖父母のもとで育ちました。その父も、僕が15歳のときに急死しました。それ以降も祖母は僕の面倒を見てくれ、亡くなる間際まで世話をかけてしまいました。本当に恥ずかしい話です。祖母が他界したのは、僕が23歳のときでした。そのとき、父の代襲相続という立場で遺産相続に関わることになりました。

ただ、実際の遺産分割協議には参加させてもらえなかったと記憶しています。叔父と叔母(どちらも祖母の実の子)の間で勝手に決められ、結果だけを知らされる形でした。当時僕は23歳。大人たちの決定に従うのが当然だと思っていましたし、祖母孝行ができなかったという負い目もあり、深く追及しませんでした。

結果として、遺産のほぼすべては叔母が持っていく形になりました。名目は「僕の父が設立した会社の借金の返済のため」でしたが、法的にも疑問の残る内容だったと今は思いますが、もうすでにどれも時効のお話です。

僕名義の口座が「ない」と言われた

祖母の死後、遺産分割の話し合いの中で、祖母が管理していた僕名義の口座が「行方不明」になりました。書面に押印する前に叔母に確認したところ、返ってきたのは「ない」というそっけない一言だけでした。

嘘だとは思いました。でも、祖母への負い目が心のどこかにあって、「叔母が僕のために管理してくれているんだろう」と自分に言い聞かせるように押印しました。

数年後、その口座の存在が発覚しました。祖母が他界してすぐに、叔母が僕の名前を使って満期額を引き落としていたことも判明しました。後に郵便局に確認してもらったところ、筆跡が叔母のものと酷似していることも確認されています。他の定期預金口座も、解約できないものを除いてほぼ空になっていました。さらに固定資産税が複数年度分滞納されており、遅延損害金も加算された状態で請求がすべて僕のところに回ってきました。

口座の存在が判明したのは、叔母が資金繰りに困り「この口座を解約してきて」と僕名義の口座を渡されたからです。

叔母に対する思い

叔母は、祖母の財産も、祖母が僕のために積み立ててくれていたお金も、すべて私利私欲のために使いました。ギャンブル、外食、遊び。叔母夫婦はそういった散財を繰り返していました。

しかし叔母には自責の念がありません。

自分の借金を会社の借金は僕の父が原因だと理不尽な言い分で、自分が作った借金を引き継がせようとしました。
たしか、この条件は、会社の代表に僕が名前を置くが、経営権や会計は叔母が管理するというものでした。

叔母は、自分で借金をつくり、それが返せなくなったら、借金を僕に擦り付けようとしました。また、虚偽表示を提案してきて犯罪に加担させようともしました。さらに、叔母は、家や土地を失っても、どこか他人のせいだという発想が根底にあります。競売の際も「○○なら待ってくれて当然」という自己都合の考え方でした。

祖母の遺産は、父が設立した会社の借金返済に充てたという名目もありますが、これも実態とは異なります。僕は半年ほどその会社で従業員として手伝い、社員やパートの方々と話す機会がありました。設備投資の形跡はなく、広告も従業員がポスト投函していただけでした。

なかでも納得できなかったのが、年間240万円ほどかかっていた電話帳広告です。受注伝票に記載されていた広告情報を元に費用対効果を調べたところ、電話帳から受注できていたのは繁忙期の12月だけで、それ以外の月はほぼゼロでした。一方、1回2万円程度のチラシ投函は、2万円以上の受注がほぼ200%という結果でした。データとして明らかだったので即刻やめるべきだとアドバイスしましたが、叔母は「統計は通用しない」という意味の分からない理由で拒否しました。きちんと数字で示しても聞く耳を持たない。年間240万円が浮いていたはずです。

何より許せないのは、先祖を敬う宗教を熱心に信仰している叔母が、一番身近な先祖である実の親の思いを何一つ考えもせず、遺産を散財したことです。叔母にとって、祖母は実の親ですが、先祖ではないということでしょうか。

僕は叔母のことが嫌いです。だから、叔母とは話さないというわけではなく、今では医療費や外食などの費用は僕持ちです。まだ借金の打診はありませんが、そのうちあるかもしれません。僕は叔母のことが嫌いですが、祖母の思いを踏みにじったと思っているからです。もし、叔母の信じる宗教の考えのように死後の世界があるのなら、そこで祖母に叔母は裁かれるべきでしょう。

この出来事が残したもの

祖母の遺産は相続当時は、僕が受けるべき財産だったと思いますが、今では違います。僕の妻や娘が受け取るべき財産です。それが叔母によってなくなり、不動産も失いました。

だから、僕の今やるべきことは決まっています。祖母が後世に残そうとしてくれた財産を、元通りに作り直すことです。これはエゴかもしれません。でもこれが生前、祖母にできなかった祖母孝行であると考えています。デイトレ・スキャルピング・投資・FPの知識を深めているのも、すべてその一点に向かっています。

お金の知識があれば、あのとき違う動き方ができたかもしれない。その後悔が、FPを学ぶ直接のきっかけになりました。

FPの勉強を始めた

FPの勉強と並行して、投資や資金繰りに関する本もたくさん読み漁りました。その中でも、日本で最も有名なFPのひとりである横山光昭氏の著書は、考え方が非常にわかりやすく、気づけば何冊も読んでいました。

特に実践して効果を感じたのが、横山氏が提唱する「3つのお財布」という考え方です。支出を「消費・浪費・投資」の3つに分けて考えるというものです。

  • 消費:生活に必要な支出(家賃・食費・光熱費など)
  • 浪費:なくてもよかったと感じる支出(衝動買い・不要なサービスなど)
  • 投資:将来の自分に返ってくる支出(勉強・資格・運動など)

これを意識するだけで、お金の使い方がガラッと変わりました。たばこをやめました。集まりでは飲みますが、家での晩酌もやめました。べつに意志が強いわけじゃありません。「浪費」だと明確に認識したら、やめる理由の方が多かっただけです。

「家族の中で年長者は投資冥利がない」という考え方

FPを学ぶ中で、もう一つ考え方が変わったことがあります。「家族の中で一番年長の自分は、投資冥利がない」という発想です。※これは個人的な解釈です。

お金を使うのに、3つの財布を使い、僕はできるだけ「投資」に回したいので、投資をするならリターンが大きい可能性アセットに資金を向けるのは当然な視点だと思います。ただし、これはあくまで僕個人の解釈です。

投資でお金を増やすには時間が必要です。複利の力が働くには、長い時間軸が必要になります。僕より妻の方が若く、子供はさらに若い。つまり、お金を使う優先順位は「子供>妻>自分」が合理的だという結論に至りました。自己犠牲ではなく、ただのFP的な思考の結果です。

借金を抱えながら投資を始めた

多くの書籍は「生活防衛資金を作ってから投資しましょう」と言います。正論だと思います。でも、当時の僕のような収入が低くて借金の出口が見えない状態では、「借金返済→貯蓄→投資」というサイクルに入るまでに途方もない時間がかかります。そのうち息切れする可能性の方が高いと考えます。

3つのお財布で自分の支出を見直してみると、当時の自分が使っていたお金のほとんどは浪費に分類できました。であれば、浪費を削った分を少額でも投資に回す方が合理的だと判断しました。

2020年ごろ、積立NISAで月15,000円からスタートしました。選んだ銘柄はeMAXIS SlimのS&P500連動型と日経平均連動型。インデックス型で信託報酬も安いものです。

ところが投資を始めてすぐ、コロナショックに見舞われ、投資した金額が半値になりました。そのとき僕が思ったのは、「うわ、ラッキー。来月は半値で買えるじゃん。急いで買わなきゃ」という買い増しをする発想でした。

初月は15,000円をねん出するのに苦労していたのに、2ヶ月目からは積立NISAの月額上限に近い33,000円程度を投資に回せるようになりました。下落を「安く買えるチャンス」として純粋に楽しんでいたんだと思います。ここから、僕の生活は激変しました。なので、僕の場合は、生活防衛資金を持たず借金返済と投資を同時に行った少し変わった事例です。

まとめ

祖母の遺産をめぐる出来事は、お金の怖さと無知の代償を身をもって経験した出来事でした。その後悔がFPの勉強につながり、3つのお財布の実践、積立NISAの開始と続いていきます。

次の記事では、ITエンジニアに転職した経緯と、業界の実態について書きます。「業界未経験でも1年弱で上流工程に行った話」と「IT業界の幻想が崩れた話」、両方あります。

当記事は合同会社まんまる代表・まんまるの実体験をもとにした起業記録です。内容は執筆時点の情報に基づいており、個人の見解を含みます。

タイトルとURLをコピーしました